はい、革命後の話からですね。
革命軍のナンバー2だったチェは政府要職を歴任。
諸国訪問、農地改革、企業の国有化などの重要な職務をこなしながら、チェは休日もボランティアでサトウキビの収穫を手伝ったり、工場で糸をつむいだりしていた(もちろん喘息も治っていない)。
そんな多忙な日々を送りつつ、チェはまた結婚。
重婚?
じつは革命キューバはすぐにアメリカと国交を断絶したわけではない。
在キューバのアメリカ大企業の国有化を進めながらも、チェもフィデルもアメリカとの交渉を続けてはいた(企業の国有化も代価を支払うと交渉してた)。
しかしアメリカ側はキューバを共産国と断定し、さらにカストロ暗殺計画も何度か実行された。
暗殺はすべて未遂に終わったが、ゲリラ時代の英雄カミロがおかしな飛行機事故で死んでいる。
こんな関係で交渉がうまくいくはずもなく、キューバとアメリカは国交を断絶。
資源もなく、福祉の充実で金を使い、経済的に苦境に立たされた島国キューバ。
チェは「生産効率の低下は人々の献身的労働によって補える」、ようするに「働くって楽しいなあ!」とサトウキビを刈り続けるが、一方でカストロはソ連に急接近していた。
美濃部都政が大赤字を抱えたように、マルクス主義者が金を使う立場になると問題が多い。
彼らは資本主義にはとても詳しい。
何時間でも資本主義のダメな点を主張できるくらい詳しい。
でもそれをどう改善すべきなのかはわからない。
ほんとにかじった程度だけど、『資本論』もそうなのだ。
資本主義を分析しているけども、その結論は「だから資本家は敵だ。労働者は協力しないといけない」とでもいうもので、自分が資本家になったときにどうすればいいのかを考えるものではない。
そのくせ正義感は強いので、教育水準はあがったり、医療は充実したりするけども、金はなくなってしまう。
革命キューバもそうだったのだろうと思う。
金がなくなったときに指導者カストロの立場としては大国に頼るのが当たり前。
しかし夢を追い続けるチェはキューバ生き残りのため工業国化を望み、ソ連に砂糖を売り続けるフィデルら首脳との間に溝もでき始める。
チェは人間のモラルというものを信じすぎたのだと思う。
ゲリラとしてのあるべき姿もそう、精神的充実が目的で(金目当てでなく)人が動くと信じていたこともそう。
でもやっぱり、それだけで動かない人の方が多いしね。
1965年、アルジェリアでチェはソ連を徹底的に批判する演説を行う。
「アメリカもソ連も、帝国主義的搾取を行っている」と。
「我々はマルクス主義者だが、(西側にも東側にも与さない)第三世界に味方する」と。
チェの理屈だと「成功した社会主義国が、社会主義革命を試みている国に援助を行うのは当然」なのだ。
このあたりのことはチェ・ゲバラ『チェ・ゲバラ世界を語る』に書いてるが、難しくてよくわからない。
いや、チェのいってることは正しいし、実際チェがそういう立場だったら無償でジャンジャン援助すると思うのだけれど。
でもやっぱり、そう単純なものでもなく。
サトウキビを買ってやってたソ連はチェの発言に激怒。
どうにかしろとカストロに要求する。
そんなこんなでキューバにいづらくなったチェ。
37歳という年齢もあり、「肉体的にゲリラ戦を行う最後のチャンス」と革命進行中だったアフリカ・コンゴでのゲリラ戦に臨む。
もちろん秘密裏に。
このときに盟友フィデルに残した手紙が「別れの手紙」。
チェはコンゴでの革命を指導したものの失敗。
現地ゲリラの士気の低さに絶望しつつ一旦キューバに帰国。
すぐにボリビアでのゲリラ戦を指揮するため、変装して現地入りする(この変装は素晴らしい出来栄え)。
もちろんすべて秘密裏で、チェが最後に自分の子供と会ったのは、変装した姿で、赤の他人として面会している。
おそらく映画『チェ 39歳別れの手紙』はこのボリビアでの戦闘を中心に描いてるのでしょう。
チェの著作としては『ゲバラ日記』がこれにあてはまる。
「えらい腹壊してクソまみれだ。5キロ先まで臭ってるんじゃないか」
なんてことが書いてます。
ゲリラ戦なんてしたくないですね。
この後、チェがどうなるのか、映画のネタバレになりますので書きません(←えっ!)。
今のわたしはゲリラとしてのチェではなく、革命後、彼がどういう政治を目指していたかの方が興味があります。
ゲリラ戦の重要性を説きつつ、状況によっては平和的革命も考慮すべきだと主張したり、
資本主義経済学者の著作にも詳しかったり、広い視野と冷静な判断力をもっていたチェ。
反帝国主義という意味で「第2、第3、もっと数多くのベトナムを作れ」と言ったチェ。
「新しい人間にイエス!」と常に人としての進歩を求めていたチェ。
「もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、
できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。
『そのとおり』だと」
こんなふうにとんでもない理想家だったチェが、どこまで夢に近づけたのか。
なんとなくなんですが、日本のような国にしたかったのではないかと思うのです。
飢えとも貧困とも無縁で、発達した経済と工業をもった島国。
そして周りにアホほど援助するんでしょうねえ、チェのことだから。
気になることもあるんですけどね。
チェの主張だと社会主義国の企業は常に安価で物を作らないといけません。
そして銀行はそういう企業に常に金を貸し続けないといけません。
……できるのかなあ。
社会主義国の経済は、結局どんな大国でも破綻しました。
そう思うとチェはソ連崩壊を見ないでよかったのではないだろうかとも思います。
ソ連は上手くいってると信じ続けることで、できたこともあったのではないかと思うのですよ。
しかし。
興味はあるものの、革命後のキューバの政策とかになると、もちろん諸説ありますし、フィデルの言い分と一般的見解が違うことも多いし。
調べるべきことが多すぎて追いきれないでしょうね、わたし。
最後に映画のタイトルにもなった「別れの手紙」について。
これはカストロへの私信です。
しかしカストロは遺書ともとれるこの手紙を、公にしてしまいます。
手紙の最後の挨拶がこれ。
「Hasta La Victoria Siempre!」
「勝利を目指して、常に!」と訳されるこの言葉、常に前進し続けたチェの人柄と相伴い、今でもキューバのスローガンとして使われています。
おそらく映画の宣伝にも使われるでしょう。
だがしかし。
これがカストロの創作(改作?)だというのです。
(以下、『革命戦争回顧録』の「解説 永遠の正義派チェ・ゲバラ」(伊高浩昭)によります)
わたしはスペイン語はさっぱりなのですが、副詞「Siempre」がおかしいそうです。
副詞句を副詞で修飾してると。
たしかに日本語としてもおかしいですね、何となく意味はわかりますが。
これが原文だと、
「私は勝利するまでキューバには戻らない。だが私の心の中にはいつも『祖国か死か、勝利するのだ』という言葉がある」
だったと。
カストロがここから、「勝利するまで」「いつも」を抜き出し、チェの言葉として公にしたというのです。
カストロもエキセントリックな人でありながら、現実主義者としての面もありますんで、公表したことも含め、わざとやったかどうか難しいと思います。
演説なんかを見る限り、調子に乗ったらその場の勢いで適当なことをいいそうなんで。
……いや、やっぱりわざとかなあ。
チェが引用している『祖国か死か、勝利するのだ』というのはカストロの言葉です。
ですんで、この「別れの手紙」でチェはカストロへの変わらぬ友情を伝えているのです。
それが「勝利するまで、常に」と引用されてしまうと、チェはいつまでも革命を続けないといけなくなります。
世界中が社会主義になるまでキューバに戻れません。
体良くカストロが追っ払ったのかなあ。
しかしわたしが一番おかしいと思うのは、この間違った言葉をキューバ人が使っていることです。
違和感を感じつつも、英雄の言葉だから使ってるのか、
教育水準が低いのか、
それとも言論統制か。
……細かいことを気にしない国民性なのか。
書くのも時間かかりましたが、読むのも大変だったと思います。
さらっとでも最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
ただの戦争映画になってないことを祈ります。
コメントの投稿